51.
第四話 人間読み
その半荘は萬屋マサルのダントツだった。誰にも捲られることはないだろうという点差をつけてオーラスを迎えたマサル。そこに3着目につけている久本カズオがどう見ても2着すら捲らない安仕掛けで逃げを決めに来てた。
打点はおそらく2000点。あっても3900。満貫を狙えば2着を捲れるが、ラス目が千点差以内のすぐ近くにいるのでリーチ棒を出さない方針として考えた結果『ラス落ち回避のみを優先』とさせて安仕掛けで3着キープ狙いとなったのだ。
その時のカズオは(安いのは分かるように二色晒したからこれなら萬屋が放銃してくるな)とほくそ笑んでいた。
それを見たマサルはむしろカズオを徹底マークした。絶対にあがらせない。そう誓った。そして、長引いた末にラス目が追いついた。
「リーチ!」
そこに対してマサルはカズオに現物の打⑦。
「ロン!」
見事なメンタンピンだった。これをツモって裏乗せれば2着という仕上げ。
「3900」「はい」
「……2卓ラストです。優勝C席会社失礼しました。着順CDAです!」
「2卓の皆様よりゲーム代いただきましたありがとうございます!」「「ありがとうございます!」」
「それではゲームお待ちの2名様お待たせ致しました」
待ち席で待っていた人を卓にご案内して立番に戻るとカズオがマサルに質問してきた。
「さっきのオーラス。僕の当たり牌持ってなかったんですか? 差し込みしてくると踏んだんですけど」
「持ってたさ。いつでも差せた。4種類以上持ってたからどれかは当たりだっただろうな」
「え? じゃ、じゃあなんで打ってくんないんですか」
「態度が悪いからだ」
「ええ?」
「久本さんの考えていることはお見通しなんだよ。安い
52.第伍話 オリジナル戦術書 その日、バイトから帰ってきたカオリは家に誰もいないことを確認するとキーホルダーをツンとつついた。「ねえwoman」《なんですか?》「マナミが伸び悩んでる感じがするんだけど、何かアドバイスできないかな」《ラシャの付喪神様は無言みたいですからね。ちょっと間違ってるとお知らせしてくれるだけで基本的にはマナミさん自身に任せてますよね》「何か効果的な練習メニューとかないの?」《そうですね、私なら……》「私なら?」《自分オリジナルの戦術書を作ります》「自分で?! そんなこと出来ないよ!! 未熟も未熟。私たちはまだ素人みたいなもんなのに!」《何言ってるんですかカオリ。あなたもマナミさんも今はもう競技団体に所属している、まごうことなきプロ雀士なんですよ。忘れたんですか?》「そ、それはそうだけどぉー」《やってみればカオリには出来るはずです。カオリは文章を書くのは得意じゃないですか。マナミさんにも書き方のコツを教えながら2人で作ってみたらいいんです。やり始めればきっと楽しいですよ。日記だってカオリは楽しそうによく書いてるじゃないですか》「例えばどんなことから書いたらいいかな」《そ……(あ、消えた) カオリは再びキーホルダーをツンとつつく。「で、例えばどんなことから書いたらいい?」《そう言うのはまず自分で考えるから意味があるんですよ、カオリ。でも、強いて言うならまずは基礎からじゃないですか? 私ならスタートは基礎から。確実で、それでいて出来ていない人もたくさん居そうな。そんな自分の中で一番気をつけてる『構え』から入るかもしれませんね》(ふむ、なるほど)「ありがとう、woman。マナミと一緒にちょっと考えてみる!」《これでマナミさんが一皮剥けるといいです
53.第六話 泉天馬の1人旅 その頃、佐藤ユウはアマチュアの参加可能な麻雀大会にさっそく申し込みしていた。相棒のアンはまだ年齢的に参加できないし財前姉妹やミサトはプロ予選からの参加なのでアマチュアのユウと同じようには参加出来ない。プロはプロだけで別日に予選が行われて勝ち上がらなければならないのだ。なのでユウは麻雀部ではひとりきりの予選参加となった。(予選会場は上野かあ。遠いけど乗り換えはないから行きやすくて良かったあ) こうしてユウはひとり、夢への第一歩を踏み出すのであった。◆◇◆◇ 泉(いずみ)テンマは納得できなかった。 ここはフリー麻雀『牌スコア』 前日に成績が良くないスタッフを守れというミーティングをしたその舌の根も乾かぬうちに3卓6入りの指示を出すオーナーにテンマは辟易していた。3卓6入りとは。卓が3つ稼働していて、そこにスタッフが6人入って卓を回しているということ、つまりは2卓2入りで充分なのである。 なぜオーナーがそんな事をするかと言うとスタッフからもゲーム代は巻き上げるシステムだからだ。 店の人間であれゲームに参加してればゲーム代は払ってもらうというのがこの業界の常だった。しかし、だからと言って3卓6入りのようなあまりに露骨なことはしないのもまた経営陣の掟である。まして、前日のミーティングで負けてしまうスタッフを守りましょうとか言ったなら尚更だ。 テンマは決して負けていなかったが、このオーナーの汚いやり口が気に入らない。ミーティングごっこもうんざりだ。こんな所で働いてたら自分もオーナーの食い物にされるだけだと思っていた。 そんな中、それでも歯を食いしばって働いたが、ある日オーナーが自分の身内を3人連れてきて4卓8入りに伸ばした。いま、2卓丸で平和に回してる所からである。 テンマはついに堪忍袋の緒が切れた。「ヒカリさん。悪いけどおれ辞めます。いまはツイてるけどいつか不調が必ず来る。その時に全然守ってくれない店では働いていけない。今日までありがとうございました。今月の途中までの給料分は今レジから貰っていきますので」「おっ、おい待てよ泉!」 レジに85000円と記帳するとレジ金を引っこ抜いて泉テンマは去っていった。本当は90000円弱あるのは知っていたが、約5000円は突然辞めることでかける迷惑料として置いていくことにした。
54.第七話 サッカーと将棋 棋士の竹田シンイチは親戚の家に遊びに来ていた。 かわいいイトコの杏奈(あんな)とたまには遊んぼうと思って連休を利用して茨城まで会いに行ってみたのだ。 杏奈のお母さんから聞いた話では受験生なのに麻雀ばかりしてる。でも成績はいいので文句は言えないが心配だという。そう言う情報が入ってた。なので、気分転換がてらちょっと様子を見に行こうということになったわけだ。 その日は暑くも寒くもなく絶好の外出日和だった。「久しぶり、杏奈ちゃん。元気にしてたかい」「シンちゃん。珍しいじゃん! 一人で来たの? 将棋やる?」「将棋もいいけど外が天気いいし暖かいからちょっと散歩しようよ。将棋はいつでも出来るしさ」「いいよ! ちょっと着替えてくるから待っててね」と言ってアンは見ていたパソコンを閉じて出かける準備を始めた。「デートじゃないんだから適当でいいぞ」「元々デート用の服なんか持ってません。相手いないし!」とアンは膨れる。「不思議だな。杏奈はこんなに可愛いのに」とシンイチは杏奈のアタマを撫でた。「そうよね! おかしいよね! みんな振られると思ってるのかな? とりあえずチャレンジしてみてくれればいいのに。じゃ、ちょっとお茶でも飲んで待ってて、3分で準備するから」────「お待たせ!」 それなりにめかし込んでくるかと思ったがアンは本当に適当に着替えただけで出てきた。でも、それでも十分に可愛い。「どこ行くの?」「古本屋でも行こうか、ちょっと行ったとこにあったろ」「丁度いい距離ね。わかった。いいのあったら買ってね!」「わかった。じゃあ行こう」 そう言って2人は散歩に出かけた。
55.第八話 ラーシャツンツン カオリが赤伍萬のキーホルダーをつついてwomanを呼び出す。《なんですか? カオリ》(別にぃ。声聞きたいなと思っただけ)《なんですかそれは。恥ずかしいな。もう……。神の無駄遣いはやめてください》(なんか減るの?)《無尽蔵ですけど……》(今日はね、ラシャの付喪神さんの名前を考えようと思って)《なんだ、用事あったんじゃないですか》(一応ね)〈……わ、私の…… 名前?〉(そうですそうです。せっかくキレイな声してるから)〈照れます〉……………(あれ? もしかしてwoman消えてない?)《まだ居ますよ。考えてただけです。でもそろそろなんで消えるの面倒だからカオリが握ってて下さい》(ハイハイ) カオリはキーホルダーを勉強机の電気スタンドから外して手でギュッと握る。〈私はラシャでいいですよ。その通りなんだし〉《……わかった! 『ラーシャ』とか。可愛くないですか!》「それいい!」《あっ! カオリ! 声出てますよ》 部屋にはマナミは居なかったが奥の部屋でお母さんが仕事してた。「カオリなんか言った~?」「んーん。なんでもないの。サッカー観て応援してただけー! 『それーー!』『がんばれーー!』って」「ふーん」 こうして、ラシャの付喪神の呼び名はこの日から『ラーシャ』になった。◆◇◆◇
56.第九話 テンマとユウ 大会本戦会場は少し遠かったがスタート時間が午後1時からという遅めの開始になっていたので、これ幸いとその日は早起きして上野からまず池袋へ行った。はっきり言って遠回りなのだが池袋をウロウロする時間はある。池袋はオタク女子の聖地だ。東京まで出るついでにとユウはオタクグッズ専門店を見に行ったのだ。 あらかじめ調べておいた駅から曲がる回数の少ないルートで迷わないように行こうと思っていたがどうやら出だしから地上にあがる出口を間違えたらしい。初っ端から時間をロスする。(あれえ、絶対ここじゃないな。どうしよう、わかんなくなってきた。他人に聞くのもなんだか恥ずかしいし、お巡りさんにも頼りたくない。オタク女子かあ。って目で見られくない。私は隠れオタクだから) ──── かなり道に迷ったがついに到着。ユウは店内に入ってすぐ店員さんに目的のグッズの売り場を聞くことにした。ここまで来たらもう聞くのは恥ずかしくない。 欲しかったものを買ったらすぐに退散した、本当はもっと見たいけど小腹も空いていたし時間も迫っていたしで仕方ない。 店員さんに駅までの最短距離を聞いて真っ直ぐに向かう。(ちょっとだけなら時間あるかな)そう思って駅ビル内の喫茶店でコーヒーと軽食を済ませることにした。(ふう、美味しかった。ごちそうさま) そろそろ時間ないな。と急いで出ようとしたその時、店内に知ってる顔を見つけた。「天馬くん!?」 そこにいたのは中学時代の同級生。泉天馬だった。◆◇◆◇ 僕は泉天馬。僕と佐藤ユウは中学時代の同級生で当時はとても仲良くしていたし、1年
57.第十話 woman誕生『ドアが閉まります。ご注意下さい。次の電車をご利用下さい』ピンポーンピンポーン「だあああーーー! 待ってえええぇ!!」 滑り込むように乗り込む女がいた。迷惑な女である。大会本戦に向かう佐藤ユウだ。(はー、危なかった。あんなに早起きしておいて遅刻したりしたらシャレにならないわ)「はあ、はあ、はあ、ふーーーー……………。……………………あっ!!」(せっかくテンマくんに会えたのに連絡先交換してない!!) 奇跡の再会を果たしたというのにその機会を無駄にしたことにこの時になって気付いた。(私はなんて愚かなんだろう。買い物袋の中身なんか見せてる時間があったら電話番号でも聞いとけっていうの!) その後悔があまりにも大きくてモヤモヤとずっとテンマのことを考えていたら今度は降りる駅で降り損なう所だった。「やばっ!」 急いで降りた。なんとか試合には間に合いそうだ。しかし……。「あっ!! 袋!」 池袋で買い物した袋を電車に忘れてきてしまう。取りに行く時間はない。「もうやだ」 自分のドジさ加減にほとほと嫌気がさした。ふつふつと怒りが込み上げてくる。「この怒りはもう、優勝することでしか癒せないわね」そう呟くと怒りを闘志に変えて本戦会場へ気合いバッチリで突入するユウなのであった。「許さん!」 時刻は午後1時 謎の怒りを力に変えて佐藤ユウが本戦に挑む――◆◇◆◇ その頃、カオリはバイト代が入ったので新しいパソコンとゲームを買った。本格通信対戦形の麻雀ゲームだ。 まずはオフラインで試し打ちをしてみる。カオリ手牌一二三伍伍伍②④4568発 ドラ5 配牌で『伍萬』が暗刻子である。(見て! 好配牌よwoman)カオリはそう脳内で言ったが反応がない。(あっ、そっかゲーム機だった。さすがにデジタルじゃwoman出てこないよね)ツモ四打発一二三四伍伍伍②④4568ツモ3打一二三四伍伍伍②④34568ツモ③打8ダマ二三四伍伍伍②③④3456ツモ2打伍『リーチ』二三四伍伍②③④23456(データのwomanごめんね! さすがに切るよ!)ツモ4『ツモ』(あら、1番薄いとこ一発でツモった!)二三四伍伍②③④23456 4ツモ『倍満』 その後も簡単にアガり続ける。(やっぱりオフラインの1人プ
58.第十一話 ネット雀豪 この頃、ネット麻雀界には2人のネット雀豪(じゃんごう)がいた。その名は『よにんめ』と『JINGI』。 この2人に共通することは守備力がとてつもなく高いということ。特に『よにんめ』の守りは鉄壁で打ち砕こうとするだけ無駄な労力となるのでツモにかけた方がいいという結論になるくらいだ。『JINGI』の方は時折変わったことをしてくる奇抜な打ち手で、こちらも同じく守備力は高いが、その守り方はセオリー外のもの。まるで心の中まで読み切っているような鋭さと型にはまらない柔軟性があった。 この2人の二大巨頭に割って入ってきた成績優秀者がいた。『woman』である。 womanの麻雀は攻めて良し! 守って良し! の完全無欠。それはもう人間技ではない成績を叩き出していた。(実際、人間ではないのだが) 本気のwomanはカオリの予想を超えて強かった。どうしてそのテンパイを外せるのか? なぜ、闇テンに気付けるのか? 面白いことばかりで見てるだけでとても勉強になった。「womanのためにパソコン買って本当に良かったわ。おかげで私の麻雀の常識枠がどんどん拡張されていくもの」《私も自分の麻雀ができるのは本当に楽しい。カオリ、ありがとう》《あっ、そのテンパイは取らないでください。一旦七萬を落として迂回しましょう》《あら、いい所が残りました。このカンチャンならリーチしましょう》《今回はもうアガリは必要ありません、今のうちに安全牌を抱えて一局やり過ごしましょう》などwomanの指示を聞いてカオリはマウスをクリックした。――数時間経過――《カオリ、疲れてきてませんか?》(womanは気遣いも出来るのね)《もう、口開くのも億劫なほど疲弊してるじゃないですか》(womanの選択が自分と違う度になんでなのか考えてたら疲れちゃった)《早く言って下さいよ! じゃあこれでやめにします》(だってwomanが楽しそうにしてたから)《全く、カオリは優しすぎますよ。……ありがとうございます》 その後、正体不明の最強ユーザー『woman』は平均順位1.99という、ありえない好成績を出して業界では知る人ぞ知るプレイヤーとなり『よにんめ』や『JINGI』が所属するトップグループに怒涛の勢いで入り込むことになるが、その話はまた後ほど――
59.第十二話 ラーシャ 感謝する ユウが大会本戦に挑んでいる頃、プロ予選で落とされたマナミはいつも通りバイトに来ていた。今日は『ひよこ』で1番強い客と思われる小宮山(こみやま)ハジメと同卓だ。気を引き締めていかないと負ける。しかも下家には同じくプロ予選で落とされてヒマしてる女流雀士がいた。そう、ミサトだ。 上家には店長が入って立卓。(ひよこでこんなレベルの高い卓なんて初めてだ)そんな事を思っていた。 そこできた手がこれ。マナミ手牌伍六七七八①②③④⑤赤56中中ドラは⑨ 東2局の親番で5巡目だ。点棒状況はまだ平たい。セオリーなら①切りだろう。ツモ②⑤の変化に備えて最高形をメンタンピン赤にするつもりの手順。そう、セオリーならそれ。そんな事は分かっている。 しかし、マナミが選んだ牌は八だった。ラーシャは一瞬違う。①切りだよ。と思ったので電流を使おうとしたが、よくよく考えてみると相手は全員守備力の高い上級卓だという事に気付いて、電流を流さなかった。成長しましたね、マナミ。と聞こえないように心の中で呟いた。(電気がピリッとくるかもと思ったんだけど、こっちでいいのね。そうよね。相手が相手だもの)次巡ツモ四(来たあ! これを待っていた!)打中ツモ⑥「リーチです」打中「ツモ!」マナミ手牌
76.第十伍話 新人王戦へ向けて「……って言うのが私と師匠の出会いなんだけど。その師匠が久しぶりに大会決勝に駒を進めて、しかし惜しくも敗れた。それもアマチュアに。それで、その大会で優勝したそのアマチュアってのがアナタの親友だっていうんだから麻雀界は狭いわね」と成田メグミはカオリに話す。「ですね。ユウは本当にすごいんですよ」「じゃあプロになればいいじゃない」「それは違うらしくて……」「今度彼女も連れて来なさい。アマチュアの参加も大歓迎だから」 今日は杜若アカネと成田メグミの主催する麻雀研究会だった。カオリは今回アカネが他の仕事でどうしても来られないという事なので成田の助手として参加し、ついでに自分も勉強させてもらうことにした。ちなみにマナミは『ひよこ』でバイトだ。3人とも抜けるのはリーグ戦の時のみ、基本的には誰か出勤するようにしていたので今日の出勤はマナミなのである。 カオリは最近はどこに行くにもポケットに赤伍萬を入れた巾着を持参していた。 《カオリ、ここにいるのは全員プロなんですか?》(分かんないわよ、私は麻雀マニアであって麻雀プロマニアではないから。だいたいプロ雀士は多すぎるのよ)《それは言えてます》「私もね、若い頃は準優勝2回したってだけでも期待の新人とか言って特集されたし、結婚前は『氷海メグミ』だったから、冷静沈着、氷の少女、とか言われててね」「へぇーカッコいい」「別に言う程クールな麻雀してたとは思わないんだけど苗字になぞらえたキャッチコピーを作りたかったんでしょうね。キャッチコピーなんてテキトーなんだなってあの時知ったわ」「メグミさんはどっちかって言うと熱い打ち手ですもんね」「そうよ! でも、今はある程度いい成績出しても当たり前みたいな風に見られるだけのベテランになっちゃったわ。も
75.第十四話 アカネとメグミ 杜若(かきつばた)アカネは杜若家の次女で小説が好きな子供だった。特に好きなのは推理小説で探偵ものには目がなかった。そんな小学生だったので世間には少々変わった子だと思われた。 ある日、何を思ったかホームセンターに行った際に乾電池をポケットに入れてレジを通さず持ち帰ってしまった。それは無意識のうちの万引きだったが、この時こう思ってしまった。(万引きって気付かれないんだな)と。 そして、それ以来(探偵練習ごっこ)と称して、やれ針金を万引き。やれボルトを万引き。と必要のないものを(名探偵ならこのくらいやってのけるはずだ)というよく分からない理由で窃盗した。 しかし、それが何回か成功してエスカレートし、次は下州屋という釣具店でフライフィッシングの疑似餌セットを盗もうとした……が。「ちょっと来てもらおうか」 店長と思われる人物に腕を掴まれる。「ポケットの中、見せて」「…はい」 アカネは素直に降参して疑似餌セットを出した。「これだけで全部?」「全部です」「いま警察呼ぶから。あとは警察の人に任せるから、この部屋で反省して待ってなさい。私は忙しいからもう店番に戻るけど、二度とやらないように!」「…はい」数十分後 お巡りさんが到着する。アカネは近くの派出所に連れて行かれた。「なんであんな必要ないものを盗もうとしたのかな?」「…探偵ごっこでした」「え?」「名探偵に憧れてて……探偵ならあれくらいわけなく盗み出しそうだなって」「呆れた、それは探偵じゃなくて怪盗じゃないか。敵だよ敵」
74.第十三話 ホール捌き 泉テンマは池袋の駅前喫茶店で働いていた。そこは自分のイメージしていた喫茶店の仕事とはまるで異なり、ひたすらハードな労働だった。「喫茶店っていったら浅○南の実家みたいなのんびりした感じじゃないのかよ…… すげえキッツイじゃん……」 トゥルルルルル! トゥルルル…「はい! お電話ありがとうございます。まーじゃ…(じゃなくて)喫茶pondです」『まーじゃ?』「あ、ごめんなさい。つい最近まで働いてたのが雀荘だったもので、うっかり」『泉くんか。私、石田。あのさ、店長いるかな』「ちょっと今、近くに買い物行ってますね。多分すぐ戻りますけど」『あっ、そう。じゃあ伝えておいて欲しいんだけど、今日子供が熱出しちゃって病院行くから2時間くらいは遅刻するって言っておいて。その後は分かり次第また連絡するけど、最悪休むかもしれないから』「分かりました、お伝えしておきます」『じゃ、悪いけどお願いね』「いえ、お気になさらず」『ありがとう』 そんなわけで今日はテンマがホールも担当することになった。そこでテンマの先読みしたホール捌きが開花する。(あの3人は窓から目立つ所に案内して店内が繁盛している風に見せよう)やら(あの席は1人で静かにコーヒーを楽しむ人のための席だから近くにはギリギリまで人を案内しないよう配慮してキープしよう)やら(ちょっとマナー悪そうな人だな。酔っているのか? 常に視界に入るようにレジ近くに案内した方いいだろう)などの理由で人を案内配置して店内を支配した。 それらをやった上でレジ横の簡易キッチンでパフェやコーヒーを作り。厨房でナポリタンを作り、洗い物もした。(疲れた~。もうだめ、もう帰りたい) 石田が来
73.第十二話 真のサービス業 スグルの接客は高く評価された。それは何も卓外のことだけではない。スグルは卓内でも優れた接客をする従業員だった。その最たるものが、人知れず行う、誰にも気づいてもらえず感謝もされない接客にあった。 ラス前の北家でスグルがトップ目という時にそれは遠目に卓を見ていた1人立番のマサルにだけ発覚する。東家1巡目打北南家1巡目打北西家1巡目打北 と来て、スグルの手は一二三①③⑥⑦125578北ドラは④ 配牌でピンフ三色のリャンシャンテン……というか北を持っているからそれを切ってしまえば4人全員が1巡目に同じ風牌を切ることによって起きる特殊ルール『四風子連打』が発動してスグルのトップ目のままオーラスを迎えられる。 親は2着目なのでその方が絶対いい。しかし、この時代の麻雀店にはメンバー制約というものがあり(従業員による途中流局は禁ずる。※オーラスのトップ確定終了時は例外とする)というものがあった。つまり、この手は流せばトップが転がりこんできそうだが、流すわけにはいかないのがメンバー制約ということだ。そのことはもちろんスグルは承知している。(『うわ、流してぇー』って思ってるだろうな。それでも……)北家(スグル)1巡目打①(うん。よくその手、この点棒状況から三色捨ててまで制約を守った。偉いぞ!)スグル2巡目ツモ⑤
72.第十一話 贅沢な生き方「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした」 紙ナプキンで口元の汚れを拭うとメグミは先程の話の続きをし始めた。「でえ、井川さんの何が凄かったかって大三元の局ね」「あれは凄かったですよね!」とマナミも言う。「うん、結果的にアガれたし。凄いのだけど。何が凄かったかはその結果の部分じゃないの」「っていうと?」「あの時、私は井川さんの対面の手を見てたわ。対面にいたのは私の同期だからちょっとだけ興味があったの。そんなに仲良しでもないんだけどね」「そう言えば対面を見てましたね」「うん、でもね。途中で遠くから見てるマナミの瞳孔が開いたの。動きも止まるし。カオリちゃんなんか『ぽかん』と口開いてるしで。(何かが起きてる)って思って。自販機に飲み物買いに行くふりして移動してみたわ。対局者の周囲をグルグルするのはマナー違反だからね、さりげなーく移動したのよ。そしたら大三元じゃないの」「ど、瞳孔??」かなり離れて見ていたつもりだったがメグミはどんな視力をしているのだ。いや、それよりも。なぜ外野の反応に気付いたりできるのか。プロはこわいな。と思うマナミたちだった。「少なくとも、私の同期はそれで気付いて止めたっぽいわね。本来なら一萬が止まる手ではなかったから」「そんな、ごめんねえミサトぉ」「いいわよ、おかげで大三元になったし、結果オーライよ」「凄いのは井川さんのその雰囲気。全然分からなかった。少しも役満の空気にはなってなかった。たいした手じゃないよ、みたいな顔で。あんな演技はなかなか難しいわ」「あの時は自分は5200を張ってると思い込ませていたので」「どういうこと?」「あの白仕掛けはマックス16000ミニマム5200のつもりで鳴き始めた手でした。なので5200だと思い込んで打つことで役満を悟らせない空気作りを心掛け
71.第十話 レートはタバスコ「はい、チキンステーキとラージライスです。器はお熱いのでお気を付けください」「はい」とカオリ。「スパゲッティナポリタンとほうれん草のソテーです」「はーい両方私です」と奥から手を伸ばしてミサトが受け取る。「いただきまあす」「ちょっと私タバスコとってくるね」とミサトが出ようとするので「いいよ私が持ってくる。私もちょうど飲み物おかわりしたかったし」とカオリが気を効かせる。「ありがとう、じゃあお願い」「タバスコと言えばさ。レートはタバスコって話知ってる?」とマナミが言ってきた「なにそれ、知らない」「ネットで麻雀戦術論を公開してる『ライジン』って人の記事が面白くて。その人の日記に麻雀のレートについて書いた記事があったんだけど。それがすごくいいのよ」 そう言うとマナミはそのSNSを開いて見せてくれた。◆◇◆◇××年××月××日××時××分投稿者:ライジン【麻雀のレートについて】 ごきげんよう、ライジンです。 今回は麻雀のレートとギャンブルについて語って行こうと思います。 結論から申し上げて、麻雀はギャンブルの部類に属さない。素晴らしい『競技』です。なぜなら、麻雀はあまりにもルールに縛られているゲームであるから。 まず、リーチについてですけど。 麻雀がギャンブルだと言うのなら勝負手なので10倍賭け
70.第九話 3面張固定のリスク「「カンパーイ!」」カチン! 学生3人はドリンクバーのコーラとメロンソーダで。メグミは中生で乾杯した。 ゴクッゴクッゴクッ! と生ビールを飲むメグミはどこかオッさんぽくもあるが、大人の女性の色っぽさもあり魅力的に見えた。「……っはーー! ウマい!」 メグミはテーブルに4分の1の大きさに折って敷いたおしぼりの上に中ジョッキをゴン! と置くと今日の事を話し始めた。「まず、マナミは最強。まじでつよい。アンタには才能を感じる」「えへへ~。そうですよねえ」となぜかカオリの方が喜ぶ。「あんたら2人はさっさと上位リーグに上がって麻雀界を盛り上げちゃいなさい。今の調子なら出来るでしょ」「がんばります」「んでぇ。井川さん」「はい!」「最終戦だけ見てたんだけど、素晴らしいわね。特筆すべき点はふたつあったわ」「ど、どこでしょう」「ちょっと紙とペンない?」「あります」とカオリがスッと差し出す。カオリは何かあればすぐメモ書きして自分のノートに書き込む習慣があるので筆記用具を持っていない時などない。ポケットの中には小さなリングノートとボールペン。それと小さな巾着袋。袋の中には赤伍萬が入っている。裸で持ち歩いていると、もし仮に対局中に病で倒れるなど不測の事態で気を失った場合にポケットを探った人がこれを見つけたらイカサマを疑うかもしれない。なので巾着に入れて持ち歩くことにしたのだ。「ありがと」と受け取るとメグミはサラサラと牌姿を書いた。三三四③④⑤⑥⑦⑦56799 ドラ5「この形」「あっ、私の五回戦東2局!」「そ
69.第八話 伝説の姉妹「はい、全卓終了しましたので新人は牌掃除をして他の選手は速やかに退場して下さい。お疲れ様でした!」 全ての卓が対局を終えたら新人は牌をおしぼりと乾いたタオルで磨いてキレイにしてから会場を出る決まりだ。仕事でいつもやっているカオリとマナミは素早いがミサトは初めての事なのでカオリに教えてもらいながらやるが、中々うまく牌が持ち上がらない。それもそのはず、全自動麻雀卓は牌の中に鉄板が入っていてそれを卓が磁石で持ち上げて積んでいく仕組みだが、プロリーグは対局前に牌チェックという作業を行い少しでも亀裂や落ちない汚れ、欠けてる角などを発見したら即交換するので牌の中にある鉄板の帯びた磁力がマチマチ。持ち上げようとしてもカチッと揃いにくいのだ。「これは、ミサトじゃムリかもね。私達でやるからミサトはその辺でメグミさんと待ってて」「わかった」 カオリは手先が器用なので扱いにくいリーグ戦の牌もチャチャッとキレイにして2卓分清掃した。「はやーい」とマナミも驚く。「じゃあ行きましょうか」と成田メグミが先導する。新人3人にゴハンを奢ってくれるらしい。 3人は初めてのリーグ戦を終えて自分はついにプロ雀士になったんだ。という実感をしていた。それは、カオリにはひとつの夢だった。(夢って叶うんだなあ)そう思っていたらさっき牌掃除をした時から現れていたwomanが《何を言ってるんですか》と思考に入り込んできた。《まだこれからですよ。でも、今日の対局。いい麻雀してましたね。私は嬉しいです。カオリはどんどん強くなる》(コーチがいいからね)《そうですよ、神様を味方につけた姉妹なんてきっとあなた達だけですよ。伝説の姉妹になりなさい。きっとその願いは叶いますから》「カオリちゃんさっきから無言だけどどうしたの?」「へっ? あ、ああ。なんでしたっけ」「だからー、和食と洋食どっちにするかの話でしょ」
68.第七話 試される時 財前姉妹が暫定1位2位という衝撃的なデビューを飾っている時、井川ミサトだけが絶不調だった。なんと、ミサトはラスラスラスと3連ラスを引いて身も心も打ちのめされていたのだ。 しかし、そんな時だからこそプレイヤーの真価が問われる。この今日の最終戦でどんな麻雀が打てるか。 3回ラスになろうとリーグ戦は始まったばかり、5節あるうちの1節目なので20回戦のうちのほんの3回に過ぎない。ここは気持ちを切り替えて行くのが正解だが、初めてのリーグ戦でラスしか取れない状態から復活できるか。不調を抜け出せるか。マイナスイメージを持たないで戦えるのか。まだ学生のミサトにそんな精神力があるのか。 いま、ミサトの器が試される。 ひとつだけ幸運だったことがあるとすればミサトの卓も5人打ちなので三回戦終了後に一旦抜け番だということ。この抜け番でどこまで気力を持ち直せるか。(くそぅ、大好きな麻雀が…… いま、こんなにつらい。分かってる。楽しいばかりじゃないって。いま、私は、試されている……!)(まさか、あのミサトが3ラス食らうなんてね)(ミサトならきっと持ち直すわよ) と、マナミとカオリは先に対局を終えて遠くから観戦していた。(がんばれ!)(がんばれミサト!) ミサトの卓の五回戦。まだミサトにチャンスは来ていなかった。苦戦が続くミサト。ミサト手牌 切り番一一四六八⑤⑧⑨455白白中 ドラ⑤ ミサトはここから⑧を切った。ピンズはドラを活用した面子をひとつ持てばいい。それより役牌の重なりで打点を作る手順だ。すると中が重なる。打⑨(中切らなくて良かったわね)(これでもだいぶ